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復刻版:GOGO!インド

今日は石の話ではありません。
私の事ですので、興味ない方はスルーして下さいましね。

26歳で初めての海外旅行でインドに行くまでは、
結婚式の司会業をしていました。

メデタイ女です。

大安吉日ともなれば、多い時で一日3件。
それもしゃべるだけでなく、照明、音響、カラオケ、果ては花嫁花婿がお色直し時に
お出ましするゴンドラ(バブル全盛期の結婚式はとかく派手でした)装置の上げ下げ等、
全てのスイッチがコックピットのように並んでいる司会者演台テーブルで、まるでクラブDJのように
状況を把握しながら、タイミングを合わせ、しかも時間内きっちりに終わらすという荒技をやっておりました。

我ながらグッジョブ!!

涙あり笑いありのお披露宴を演出するBGMもすべて自前。

今思うと、ソートーな仕事だったと思います。

花嫁の「ご両親へ宛てる手紙」もいっぱい代読したなぁ。。

でもでも、嫁入り前の私はそんな現場の仕事をしながら

「いつかは私もこんな結婚式をして」なんて夢からどんどん遠ざかっておりました。

いい仕事にも恵まれて幸せなはずなのに、バブル真っ盛りの日本に居るのが日に日に苦痛になっていて、
「このまま一生これがつづくのかしら?」
「生きるってもっと冒険に満ちてダイナミックではなかったかしら?」
「人生って何?」(若いからシンプル)
と悶々と自問自答の日々。。。
手元にはパラマハンサ・ヨガナンダ師の「あるヨギの自叙伝」とかシャーリーマクレーンの「アウトオンアリム」とか、日本の作家さんが書いたインドエッセイだらけ。
「神秘体験てなんぞ?」
「広い世界に飛び出してみたい」
「このまま終わりたくない」(若いからシンプル)

子供の時からの夢だった「海外一人旅」にベクトルがまっしぐら。

しかーし!
当時はインターネットもないし、まわりに海外旅行経験者居いないし、航空券の買い方も分からなければ
肝心の英語力も、どーよこれレベル。。。。

お金もないし。。。現地に知り合いも居ないし。。。

ない事だらけの中、唯一在ったのは有り余る情熱のみ。

貧乏旅行者(今でこそバックパッカーなどと呼ばれて)にうってつけの「地球の歩き方」(今ではポピュラーですが)の存在を知り、高知の書店にはどこにも売ってなかったんで(なんてこったです)
注文してまで取り寄せて、読みました読みました隅から隅まで!!
後は行動のみ!

ああ、思い起こせばその時は夢と希望に溢れて毎日胸が張り裂けそうでした。

「地球の歩き方」を開くと、悠久のインドの大地の写真とともに仏陀の言葉

『犀の角のようにただひとり歩め』とある。

もうそれだけで泣いちゃったもんね(若いからシンプル)

わしは犀の角のようにひとりで歩いちゃるう~~~と拳を握りしめました。

親には内緒でパスポートを取り、格安航空券なるものを(当時はかなり珍しかった)ドキドキしながら買った。
インドのビザを習得するには40万円の預金残高ないといけなかったので旅費も含めて怒濤のように働いた。
朝は喫茶店でバイト。昼はインド雑貨屋でバイト。夜はカフェバー(古~)でバイト(若いからできた)。大安吉日は司会業。あっという間にお金が貯まった。

出発が近づくにつれ、いろんなことが頭に浮かんで眠れない。
ヒコーキ落ちたらどーしょ?
インドで強盗にあったらどーしょ?
以外に恐がりな自分が大噴出。それもなんとか乗り越えて。

今思うと、荷造りが笑える。
半年滞在するつもりでデイパック1個。

女子なのに。

インドに着いてからもその荷物の少なさにいろんな旅行者から驚かれた。
驚かれるまで、ふつーだと思ってた私って。。。

ま、それはよいとして。

さあ、出発の前日に「ちょっと3ヶ月程インド行ってきます」と母に告白。
驚愕する母を後ろに、ドキドキワクワクの人生本番が始まりました~~。

て、

インドヒマラヤでの子育ての日々を書こうとして、出だしからこんなことに。。。

いつ、ヒマラヤに行けるのか。。

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