観光

今日は、仲良しのお客さんとメールをやり取りしててふと思い出したお話です。
タイトルにもありますように観光とは、読んで字のごと

光を観る

インドに居た頃、日本人の旅友達がサイババのダルシャンに行ったのね。
(当時サイババはまだご存命でした)

何百人と信者がいるなかで、みんなサイババに質問のメモを持ってるの。

全員がサイババからお答えをもらえる訳ではないそうです。

で、友人は「私は何をしにインドに来たのでしょうか?」

が、切なる質問だったのです。

若い彼は人生を模索していたのでしょう。
だからこそ、インドを旅し、サイババのところまで来ちゃった訳ですから。

彼はメモを両手にはさんで、ボクの質問に答えて下さいと目を閉じて祈っていました。

サイババが彼の近くに来た瞬間、

観光

と言う文字が脳裏に大きく光り輝きながら出てきたんですって。

脳内というか目の前は光り輝く「観光」という文字から発する光がまぶしすぎて、それ以外何も見えなかったそうです。

要は、光を受け取ったのですね。

それで、彼は大きく納得したと。

で、日本に戻り仕事を始めて、運命の人に出会い結婚して、子供も出来て今は幸せにやってる~。

私、この話が好きでね

私たちが地球に生まれてきた意味を問う事に等しいと思うのです。

光を観に来た

私たちが未知の土地に観光旅行してると想像してみて下さい
(パリでもアフリカでもどこでも)

それをもう少し、スケールアップして「地球」に観光に来てるのだと、重ねて想像してみて。

いろんな光(光景)を観に来た自分。

安全なツアーバスの中から眺めるだけも良し。

降りて、その街でしばらく過ごしてみるのもいいよね。
味わったり、お土産買ったり。

調子こいてどんどん行っちゃって迷子になって、悪い人に騙されるかもしれない。

または、そこが気に入って、自分なりの居場所と役目を見つけて定住しちゃうかもしれない。

どのスタイルを通しても、愛や喜び、悲しみと出会って、その土地(地球で)で観た事のない新しい光を自分が放ち、その場所を彩る光の一粒になるのです。

そして、また帰っていくの。

元居た場所に